原告である川崎重工業株式会社は、平成21年7月13日に第25類「被服、ベルト、帽子、手袋、ネクタイ、エプロン、リストバンド」を指定商品とする本件商標について出願し、平成22年1月27日付け手続補正書により、指定商品について、第25類「被服、ベルト、帽子、手袋、ネクタイ、エプロン」と補正したが、同年6月25日、拒絶査定を受けたので、同年9月27日、これに対する不服の審判(不服2010-21611号事件)を請求した。特許庁は、平成23年11月15日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年12月2日、原告に送達され、原告はこれを不服として本件訴訟を提起しました。
本件訴訟の争点は以下の通りです。
(1)商標法3条1項3号該当性判断の誤り
(2)商標法3条1項4号該当性判断の誤り
(3)商標法3条2項該当性判断の誤り
まず争点1については、「本願商標は、欧文字『Kawasaki』が、エーリアルブラックの書体に似た極太の書体で強調して書かれており、字間が狭く、全体的に極めてまとまりが良いことから、単なるゴシック体の表記とはいえず、見る者に、力強さ、重厚さ、堅実さなどの印象を与える特徴的な外観を有するものである。このような外観からすると、本願商標は、単なる欧文字の『Kawasaki』の表記とは趣きを異にするから、一般人に、一義的に神奈川県川崎市を連想させるような表記ということはできない。...神奈川県川崎市を『Kawasaki』、『KAWASAKI』等の欧文字により表記することがしばしば行われるとはいえるが、漢字で『川崎』と表記される場合とは異なり、『Kawasaki』、『KAWASAKI』等の欧文字に接した一般人が、通常、当該文字から同市を商品の産地、販売地として想起するとまでは認められない。認定の事実によれば、本願商標のみに接した日本国内の18歳から69歳の男女1000人以上を調査したところ、半数以上がバイク関係を想起したとするのに対し、神奈川県川崎市を想起した者は総数の3.1%しかなかったこと、また、...本願商標をアパレル商品に付した場合でも、...神奈川県川崎市を想起した者は総数の10.4%しかなかったことが認められる。以上を総合すると、本願商標が指定商品に使用されたとしても、需要者又は取引者において一般的に地名である神奈川県川崎市を想起するとはいえず、当該指定商品が同市において生産され又は販売されているであろうと一般に認識することもないというべきである。」として3条1項3号に該当しないとしました。
争点2については、「『川崎』がありふれた氏に該当すること、欧文字『Kawasaki』がその英文表記に該当することは、原告もこれを争っていない。しかし、本願商標は、...欧文字『Kawasaki』がエーリアルブラックに似た極太のゴシック書体で強調して書かれており、字間が狭く、全体的に極めてまとまりが良いことから、単なるゴシック体の表記とはいえず、見る者に、力強さ、重厚さ、堅実さなどの印象を与える特徴的な外観を有するものである。このような外観からすると、本願商標は、単なる欧文字の『Kawasaki』の表記とは趣きを異にするから、一般人に、一義的に姓氏を連想させる表記ということはできない。また、審決は、『川崎』の氏を『KAWASAKI』、『Kawasaki』、『kawasaki』の欧文字で表記した例(乙3の『(2)理由2』)を引用するが、これらの中に、本願商標と同一又は類似の表示態様のものは認められない。さらに、上記1(3) 認定の調査結果によれば、本願商標のみを呈示した場合、半数以上がバイク関係を想起したとするのに対し、本願商標から『個人名』を想起したとの明確な回答はなく、本願商標を『個人事業・商店のロゴ』と思った旨の回答は全体の1.5%にすぎなかった。また、同(4) 認定の調査結果によれば、本願商標をアパレル関係の商品に付して呈示した場合、本願商標から『個人名』を想起したものは全体の約1%であり、本願商標を『個人事業・商店のロゴ』と思った旨の回答は全体の2.2%にすぎなかった。すなわち、本願商標から、氏である『川崎』を想起した者は殆どいないということができ、このような調査結果からも、本願商標は、ありふれた氏を『普通に用いられる方法で表示する』ものではないと解すべきである。」として原告が争わなかったにもかかわらず3条1項4号該当性を否定しました。
争点3については、「審決は、『本願商標を付した商品の過去3年間の売上は5億円程度であって、また、商品の販売数量、シェア、広告宣伝の状況等について、本願商標の指定商品についての著名性を具体的に裏付ける証拠は何ら提出されていないに等しく、申立人の提出に係る証拠のみをもってしては、本願商標が請求人の業務に係るアパレル関連の商品を表示する商標として、我が国における取引者、需要者の間に広く認識され、自他商品の識別力を獲得したものということはできない。』旨判断した。上記判断は、本願商標が商標法3条2項の要件を満たすためには、その指定商品であるアパレル関連の商品について使用された結果、著名なものとして自他商品識別力を獲得したことを要するとの前提に立つが、この前提は誤りである。すなわち、同項は、『使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役
務であることを認識することができるものについては、・・・商標登録を受けることができる。』と規定し、指定商品又は指定役務に使用された結果、自他商品識別力が獲得された商標であるべきことを定めていない。また、同項の趣旨は、同条1項3号から5号までの商標は、特定の者が長年その業務に係る商品又は役務について使用した結果、その商標がその商品又は役務と密接に結びついて出所表示機能をもつに至ることが経験的に認められるので、このような場合には特別顕著性が発生したと考えて商標登録をし得ることとしたものであるから、登録出願に係る商標が、特定の者の業務に係る商品又は役務について長年使用された結果、当該商標が、その者の業務に係る商品又は役務に関連して出所表示機能をもつに至った場合には、同条2項に該当すると解される。そして、上記の趣旨からすると、当該商標が長年使用された商品又は役務と当該商標の指定商品又は指定役務が異なる場合に、当該商標が指定商品又は指定役務について使用されてもなお出所表示機能を有すると認められるときは、同項該当性は否定されないと解すべきである。...本願商標の使用が開始されたのは1970年代であり、当初は、原告の主力製品であるバイクに使用されていたが、1980年代に入り、原告及び川崎重工グループを指称するものとして全社的に使用が拡大され、現在に至るまで継続して20年以上、原告の事業に関する製品やカタログ...等で、一貫して使用されている。全国各地に700店舗以上存在するカワサキ正規取扱店では、本願商標が店頭看板として目立つ態様で掲げられている。社団法人日本国際知的財産保護協会(AIPPI)が平成16年に発行した「日本有名商標集」には本願商標が掲載されている。...平成元年以降、原告が100%出資する子会社株式会社カワサキモータースジャパンを通じて、本願商標を付したアパレル商品が販売されており...本願商標を付したアパレル商品の過去3年間の売上は5億円を上回る。なお、我が国における衣料品小売販売額の総計は平成22年において約15兆円であるから、アパレル業界全体における原告のシェアが大きいとはいえないが、その売上額自体は微少とはいえない。...以上の事実を総合すると、原告が、本願商標を長年にわたってバイク関係やその他の多様な事業活動で使用した結果、審決時までに、本願商標は著名性を得て、バイク関係はもとより、それ以外の幅広い分野で使用された場合にも自他商品識別力を有するようになったといえる。そして、原告の子会社を通じて、本願商標を使用したアパレル関係の商品が長年販売されていることから、本願商標をアパレル関係の商品で使用された場合にも自他商品識別力を有すると認めるのが相当である。」として3条2項に該当すると判断しました。
今までは実際に使用して識別力を獲得した商品・サービスそのものについてのみ3条2項を適用して、登録を認めるというのが原則でしたが、本判決ではそうでないアパレル商品にまで登録を認めているという非常に珍しい事例と言えます。