本件は無効2012-890075号事件に対して特許庁が行った無効審判請求不成立審決に対する審決取消訴訟です。
被告は、第4700298号「遠山の金さん(標準文字)」(以下、本件商標とします。)の商標権者です。
原告は、本件商標「遠山の金さん」は、我が国で知られた歴史上の人物である「遠山(金四郎)影元」を認識させるものであるから商標法4条1項7号に該当するとして、平成24年9月7日に無効審判を請求しました。しかし、特許庁は平成25年7月5日、「本審判の請求は、成り立たない」との審決をし、審決の謄本は平成25年7月16日に原告らに送達されました。原告らはこれを不服として本件訴訟を提起しました。
本件訴訟の争点は以下の2つになります。
1. 認定事実の誤り
2. 商標法4条1項7号該当性の判断の誤り
裁判所はそれぞれ以下のように判断しました。
1. 認定事実の誤り
審決では、「遠山の金さん」と歴史上存在した「遠山(金四郎)景元」とは別異のものであるとして認定されています。
知財高裁では、「江戸時代後期に実在した遠山景元は、江戸町奉行等を歴任し、名奉行として賛辞されていたことまでは認められるものの、その具体的な呼称や仕事ぶりは不明な点が多く、現時点で『遠山の金さん』につき抱かれているストーリー、すなわち、桜吹雪の刺青を肩に彫った名奉行の遠山金四郎が、江戸の町中で『金さん』として遊び人に扮していたときに悪事を目撃した際に示した桜吹雪が、その後の白州での裁判時に決定的な証拠となって悪党を懲らしめて活躍するというストーリーと、必ずしも一致しているとは認められない。...(省略)原告は、いわゆる『モデル小説』においては、当該作品中に描か
れた人物は、モデルとされた実在の人物からかけ離れた作者の想像上の産物ではないというべきであるとも主張する。しかしながら、実在の人物をモデルとする作品であっても、当該作者が史実にどの程度基づいて当該人物を描いているかによって、実在の人物と同一視できるか否かが定まるのであり、すべてのモデル小説を同列に扱うことはできない。そして、本件では、上記認定事実のとおり、歴史上に実在した遠山景元の実際の通称や仕事ぶりについては客観的史料が乏しく、史実に即して主人公を描くことが困難であるために、『遠山の金さん』と実在の『遠山景元』とのかい離が大きいといわざるを得ないのである。したがって、現在、『遠山の金さん』として定着しているイメージは、実在の『遠山景元』と同一視できず、史実に基づかない出来事も含めて後から作り上げられた人物像というほかない。」として、審決の認定判断に誤りはないとしました。
2. 商標法4条1項7号該当性の判断の誤り
知的高裁は、「被告は、『遠山の金さん』という名称をタイトル名ないし主人公名として初めて使用した者とはいえないが、昭和25年以降、『遠山の金さん』と呼ばれる主人公が登場する映画を多数作成し、昭和45年以降は、同名のテレビ番組を長期間にわたって多数制作してきたものと認められ、『遠山の金さん』の呼称やイメージを一般大衆に広めることに一定の寄与をした立場にあるといえる。したがって、被告は、遠山景元と血縁関係を有する者の関連する会社や同人の生育地と地縁を有する団体に当たるものではないが、本件商標の登録出願を剽窃的に行ったものということはできない。...(省略)『遠山の金さん』がテレビ番組のタイトル名ないし主人公名にすぎないことからすると、本件指定商品における本件商標の使用によって、『遠山景元』という歴史上の人物の名前を独占できるかという公益性のある社会的問題が生じる余地はなく、本件商標によって失われる公益は想定し難い。...(省略)被告が『遠山の金さん』シリーズの映画やテレビ番組の制作や配給をしてきたのは上記認定事実のとおりであって、『遠山の金さん』という語を商標登録出願することにより、形成してきたその信用や顧客吸引力を保護しようとすること自体は、商標制度の本質からして非難できるものでもない。...(省略)本件商標『遠山の金さん』があくまでも遠山景元をモデルとして作り出された主人公名にすぎないことは、繰り返し述べてきたとおりであるから、そもそも遠山景元の遺族感情や同人に関する国民感情を問題にする余地はない。...(省略)被告が本件商標を登録したことによる法的、社会的影響については、公益的事業において歴史上実在した遠山景元を紹介するに当たって、通称として『遠山の金さん』の表現が併記されることがあるとしても、それは本件指定商品の範囲外で、類似する商品・役務に当たるともいえないから、公益的事業自体に支障が生じるとは考えにくい。」として4条1項7号該当性を否定しました。
TV時代劇などでよく知られている「遠山の金さん」の商標登録について、4条1項7号の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当するかが争われた事件です。
原告は、「名奉行金さん」について商標登録を受けていたのですが(第5202737号)被告から無効審判を請求されて無効となり(無効2009-890079号事件)、審決取消訴訟(平成22年(行ケ)第10152号審決取消請求事件)でも負けております。
さらに、被告は原告に対し、原告が製造販売した「CR松方弘樹の名奉行金さん」シリーズが、テレビ放映用番組「遠山の金さんシリーズ」の著作権及び、「遠山の金さん」の商標権等を侵害するとして、差止及び損害賠償を求めて提訴しています。
このような事情があって原告は、被告商標に対して無効審判を請求したものと思われます。
まず取消事由1について注目すべきは、歴史上の人物をモデルとした小説の中に登場する人物について実在の人物と同一視できるかどうかの判断基準を示しているところです。
知財高裁は、「作者が史実にどの程度基づいて当該人物を描いているかによって、実在の人物と同一視できるか否かが定まる」との判断を示しています。
取消事由2については、知財高裁は被告が「遠山の金さん」という名称を初めて使用した者とは言えないが、長期間に渡り「遠山の金さん」というテレビ番組等を多数制作してきたことにより「遠山の金さん」という称呼やイメージを一般大衆に広めることに寄与しており、被告の出願は剽窃的なものではないと判断しています。
また、「遠山の金さん」の登録を認めたとしても、本件指定商品に含まれる土産物や観光物品に「遠山景元」という歴史上の人物名称を使用することまで制約されるわれではないから公益的事業等への影響は限定的なものにとどまるとの判断をしました。
尚、知財高裁は判決の中で「被告が『遠山の金さん』シリーズの映画やテレビ番組の制作や配給をしてきたのは上記認定事実のとおりであって、『遠山の金さん』という語を商標登録出願することにより、形成してきたその信用や顧客吸引力を保護しようとすること自体は、商標制度の本質からして非難できるものでもない。なお、被告以外の同業他社も、『遠山の金さん』というタイトル名をつけた時代劇を制作しており原告と同様の立場であると認められ、『遠山の金さん』という文字を商標として登録出願する機会があったといえるから、かかる点においても、被告による本件商標の登録出願につき、先願主義の原則や公正な競争原理から見て、著しく不当と評価されるような側面は見出し難い。」との判断も示しています。歴史上の人物の名称を商標として使用したい場合については、商標登録が認められない場合もあり得ますが、知財高裁が上記のような判断をしている現状を踏まえると、他社に登録されてしまうことがないように出願して特許庁の判断を仰ぐべきだということができるかと思います。